オフィスチェアにおけるチルト機能とは

 チルト(tilt・ティルトとも表記される)とは「傾ける」という意味です。例えば、パソコンのモニターの角度を上下に微調整できる構造もチルト機能です。カメラの首振り機能も、上下方向のものはチルト機能と呼ばれます。

 本稿ではオフィスチェアにおけるチルト機能を、座面もしくは座背面を前後に傾ける事ができる機構と定義してご紹介します。言葉にすると端的なのですが、いざ解説させていただこうとしますと、いささか奥が深いようです。

人間工学(エルゴノミクス、もしくはヒューマンファクター)について

 “エルゴノミクス”という単語を日常的にしばしば目にするようになりました。日本語で「人間工学」と訳されるこの言葉はギリシャ語(ergon:働く・nomos:自然の法則)に由来した比較的近代の造語だそうで、意味は「働くことにまつわる自然的な法則一般」といったくらいになるかと思われます。

 ただし“エルゴノミクス”という表現が流通しているのは主にヨーロッパが中心で、アメリカではほぼ同じ意味合いを他の語句で表しているようです。いわく、“ヒューマンファクター”。これもまた非常に意味する幅が広い概念で、「人間が引き起こすことや現象一般」くらいを意味すると思います。例えば“ヒューマンエラー”もヒューマンファクターの一例になります。



 エルゴノミクスもヒューマンファクターも、概念の発祥は航空分野であるようです。航空機のコックピットでは、些細な事が人命に直結します。パイロットのストレスを細大含めてどれだけ軽減させらせるか、から起こった学問だったわけです。

人間工学とチェア

 オフィスチェアにチルト機能が搭載される場合は、例外なく人間工学に基づいて、具体的な仕様が設計されます。オフィスチェアにおける“人間工学”とは、「チェアに座って働く人間が自然発生的に遭遇する様々なシーンで感じるストレスを、いかに低減するかを研究する工学」であると要約できるでしょう。

 今もたゆまず発展を続けている“人間工学”ですが、これが「ユーザーがチェアに座り、デスクに向かって執務する」という姿を想定する際に、参考や指標として描かれるモデルが、非常に多岐に渡るんですね。なにぶん、人間が働く様相をありとあらゆる角度から細やかに掘り下げ続けている学問ですから。何のどこを重要視すればいいかという正解があるわけではなく、今なおもってモデルの模索が続けられています。



 例えばオフィスチェアではありませんが、ご家庭用のチェアで学習用や卓上作業用に販売されている「プロポーションチェア」や「バランスチェア」と呼ばれる、斜めの腰当てと斜めの膝当てから構成されるチェアをご存じの方もいらっしゃると思います。座ると自然に立位と正座との中間の姿勢になる、家庭用チェアとして斬新な形状のあのチェアも、人間工学の成果といえます。





 

人間工学とオフィスチェアチルト

 話をオフィスチェアのチルト機能に戻します。チルト機能を搭載したオフィスチェアは少なからずありますが、具体的にどのようなチルトになっているかは、まさに千差万別です。

 例えば前傾チルトの場合は、座面だけ前傾するのか、座背面が連動して前傾するのか、また角度は何度まで傾くのか、どんな操作をきっかけに前傾するのか、前傾の支点はは座面の前後方向のどのあたりなのか。

 背面のリクライニングに連携して座面が後傾する場合は、これも一種のチルト機能と呼べるでしょう。こちらも、後方にチルトするきっかけは何か、何度までチルトする(つまり沈む)のか、リクライニングとどのように連動するのか、チルトの支点は座面の前後のどのあたりなのか。



 そのチェアがどのような発想や哲学から企画・設計され、どの人間工学的モデルを採用したのかが、そのチェアのチルト機能に結果として表れている、といえるでしょう。



 非常に一般論的な事を述べますと、デスクに向かっている際は、ユーザーさまが執務に集中されていきますと、それに伴って体は徐々に前のめりになっていきます。この時、座面が一緒に前方にチルトすれば、腹部の圧迫や腰部への負担が軽減されます。また、背面も共に前傾すれば、背中と背面との間の隙間が小さくなりますから、自重荷重を背面に逃がしやすくなります。

おわりに

 何らかのチルト機能を搭載したオフィスチェアは市場に少なくありません。試座されるご機会ありました際は、人間工学の成果をぜひ色々とお試しくださいませ。

 なお本稿では「後方チルト」という表現を用いて解説しておりますが、通常は座面が後方へ傾く機構はリクライニング機能の一部として捉えられています。本稿ではチルト機能を「座面もしくは座背面が前後方向に傾く機構」と定義しておりました都合上、「後方チルト」と造語させていただきました。事後になりますがご承知おきくださいませ。