内田洋行の基礎情報

 以下のデータは2013年7月20日現在のものです。なおデータは株式会社内田洋行決算書および東洋経済新報社『会社四季報』を元にしています。



株式会社内田洋行

証券コード 東証1部 8057

業種 卸売業

本社所在地 〒104-8282

       東京都中央区新川2-4-7

創業  1910年

設立 1941年

資本金 50億円

売上高 単体:818億円

連結:1,282億万円

従業員数 単体:1,000名

     連結:2,991名

連結純利益 10億円

連結純利益/連結従業員数 33万円/人(2013年)

            -22万円/人(2012年)

            -72万円/人(2011年)



セグメント別売上(%)

オフィス関連事業 410億円(34%)

公共関連事業   433億円(35%)

情報関連事業   359億円(30%)

内田洋行の歴史

 1910(明治43)年創業、創業者は内田小太郎。社名にある「洋行」は中国語で貿易商の意味です。



 南満州鉄道株式会社に勤めていた内田小太郎が同社の御用達専業として、中国の大連にて測量機械・製図用品・事務用品・事務機などを取り扱う貿易商を営んだのが発祥です。1914年にはドイツの筆記具ブランド・ファーバーカステル(Faber-Castell)から直輸入販売を開始しています。



 第一次大戦時、内田小太郎はドイツの租借地であった青島が接収されると同時に現地に渡り支店を設置します。このような機敏な行動をもって、その後、一時は東アジア主要都市20ヶ所に支店を設置しました。輸入先であった欧米諸国からの最新情報・技術を発信することで事務能率向上を訴え続け、国内外で事務機器需要を開拓します。



 大正時代に入ってからは、『ヘンミ式計算尺』の国内総発売権をいち早く取得しています。この計算尺は当時の技術者の必携品で、宮崎駿監督の長編アニメ映画『風立ちぬ』でも主人公たちがこれを用いて計算しているシーンが描かれています。また、内田洋行は独自に先端分野の市場開発に挑み、社員が考案し開発した『吉野式算盤』は特許を取得しています。



 内田洋行は第二次世界大戦の敗戦で事業権益の一切を失っています。その当初は寺社の梵鐘などを売り糊口を凌いでいましたが、1948年(昭和23年)に科学教材開発に着手、科学教育振興を牽引する学校教育事業を立ち上げます。コンピュータ黎明期であった1963年(昭和38年)には、経営参加した企業と純国産初の超小型電子計算機『USAC(ユーザック)』を協同開発。当時のビジネスの情報化に貢献しました。



 現社長・柏原孝氏はこう述べています。「内田洋行は、情報・オフィス・教育といった観点からユビキタス・プレイスを創造するインテグレーターとして展開していきます。」